信一郎には、アサガオという植物を小学校の低学年の頃に、愛着を込めて育てた記憶がある。しかし、大人になってまさかそれにマイホームを攻められるとは想像し難く、今まで培ってきたイメージが、狂ってしまった。

 慈しんで育てたアサガオ……、蔓が巻き付く仕草すら、いとおしくも思ったものだった。

 それが、今ではアサガオが繁る度に、柵に掛ってはいないか、巻き付いてはいないかと、気が気ではなくなった。

 やがて、信一郎はアサガオが嫌いになってしまった。懐かしい気持ちは心の奥底で押し潰されてしまったのだ。


 公園は華やかになったのだが、白河が自分の庭のように振る舞っているようで、傲慢さすら感じる。それはまさに私物化と言っても差し支えなく、信一郎や美咲の目に映った。

 夜には口笛が聞こえ、翌日には、植物が増える。

 これが毎日繰り返された。

 美咲は口笛の奏でるメロディーが嫌いになった。いや、今では口笛そのものに嫌悪感を抱いている。
 公園側の窓は常に閉め切られ、それでも漏れ聞こえてくる口笛の音色に、耳を覆った。

 植物の密度が濃くなり、花が増えた頃の華やかさが失われ、公園は鬱蒼と繁りだした。
 アサガオの蔓だけではなく、他の植物の茎までもが、信一郎の自宅の敷地内にはみ出し始めた。

 日に日に変貌してゆく公園を眺め、言いようのない不安感が、夫婦に重くのし掛る。

 いつしかお互いに変わりゆく公園の話題には触れず、会話自体も少なくなってしまった。


 ある日、雨上がりモヤの掛った早朝、黙って一人ベンチに座っている白河がいた。

「おはようございます。お早いんですね」

 窓を開けた美咲が気付いて挨拶をした。

「おはようございます。いえ、まだ眠くて。脳のシワが退化し、ゆりかごに揺られているような赤子の気分ですよ」

 白河はニヤリと笑う。

 美咲は意味が分からなかったが、愛想笑いがきちんと出来る妻だった。