「お父さんやお母さんが、ゴミが捨ててある穴について話している時や、門の前で呼び鈴を探している時も、あのおじさんが家の中から覗いていたよ」

「えっ、そうなのか」
 信一郎はまさか中から見られているとは思わなかった。

「ねぇ、信ちゃん。あの時の私たちの会話が、聞こえていたかしら」

「どうだろうね。でも、変なこと言わなかったと思うが」

「普通に臭くなるとか、言ったわよ。信ちゃんは勝手に捨ててるんじゃないかって」

「そうだっけ」

「でも、私たちの声、本当に聞こえたのかしら」

「どうだかね」

 信一郎は白河の家の方を向いた。流石にこちらを見ている人間はいなかった。

「あのね、お父さん。あのおじさんの目がね。お話ししている時、笑ってなかったよ」

 美佳は訴えるように言った。
 信一郎と美咲の二人は顔を見合わせた。

「まあしかし、色んな人がいるし、避けて顔を会わせない訳にもいかんだろう。余り気にしないでいようよ。あのマンション時代の煩わしさから考えれば、格段に静かに暮らせると思うよ」

 信一郎はそう言って、優しく美佳の頭を撫でた。
 美咲も、そうね、とだけ言うと、仕方なく納得した様子だった。


 三人は自分達の新居の前に着いた。
 短い距離なのに、長い長い時を過ごしたように、信一郎には感じられた。

 しかし、一旦、自分達の白い家を目にすると、先ほどまでの心配や不安など、どこかへ吹っ飛んでしまった。



第三章

「住人」

完結