新居の中は段ボール箱が山積みだった。玄関に入るや否や、信一郎はげんなりしたが、美咲の方は張り切っていた。

 今、まさに新生活が始まる。

 本当のところは、この段ボールの山さえ、新鮮に感じるのかも知れない。

「さあ、片付けようじゃないか」

 その為に、信一郎は予め会社に休暇をとっていたのだ。

 信一郎の妙な張り切りに、美咲がクスリと笑う。

 夜まで台所と居間だけでも何とかしたかった。
 今夜は居間で、家族三人、肩を寄せあって眠ろうと思った。それはそれで、きっと楽しい筈だ。


 夫婦で手分けし、それぞれ片付けていると、やがて学校から美佳が帰ってきた。

「ただいま」

「おう、お帰り」
 玄関にいた信一郎が出迎えた。

「美咲。美佳が帰ったよ」
 台所の段ボールに向かって、信一郎が叫ぶ。

「あらっ、お帰りなさい」
 その段ボールの上から、美咲がひょっこりと、顔を出す。

「どうだった? 学校。遠くなかったかい?」
 信一郎は首にタオルを巻きながら言う。

「うん。遠くはなかったけど、帰りの登り坂がしんどかったよ」

 美佳は今年で、小学二年生になった。黄色い帽子に赤いランドセル。紺色の制服とブラウスがよく似合っている。

「坂か。ここは丘だからな。しかし、行きは下り坂で、楽だろう?」

「朝は元気だからいいの。それよりも帰りは疲れているから、上り坂は堪えるのよ」

 相手は娘だというのに、通勤に不満のあるサラリーマンと話をしているかのように思えた。