翌日の出来事である。

 今度は不動産会社の方から、信一郎へ電話が入った。

 昨日と逆の内容であった。

 あの売約済みの白い物件が、キャンセルされたとのことで、以前から並々ならぬ興味を抱いている信一郎に電話した次第であると。

 信一郎は戸惑いながらも、少し検討期間が必要である事を伝え、一旦電話を切った。


 その日の晩、残業を終えて家に帰ると、信一郎は早速、美咲に相談した。

「あの物件、キャンセルになったそうだよ」

「えっ、そうなの」
 洗い物をしていた美咲の声が弾む。

「不動産会社も今頃になってキャンセルを食らったもんだから、僕らにも価格交渉の余地があると思うよ」

 美咲は暫く考えていたが、水道の水を止めて、信一郎の前に座った。

「でも、なんで先約さんはキャンセルなんかしたのかしら。あんなに良い物件なのに」

 妙なことを聞くと、その時は思った。

「さあね。頭金のアテが無くなったんじゃないか」

「そういうことに、なるのかしら」

 美咲は自分の分と信一郎の分のお茶を入れた。
 二人で静かに湯飲みを手にすると、お互いの目と目が合った。

「どうするの?」
 笑いながら美咲が言った。

「どうしようか?」
 信一郎もお茶をすすりながら笑った。


第一章

「白い物件」

完結