言われるがまま、その場に留まっていた羅衣だったが……
「…一ノ瀬。」
不意に名前を呼ばれ、驚いて…顔を上げる。
走って来たのであろうか。
そこには、部屋着にサンダルというラフな格好をした渡が……、
肩で息をしながら、こっちを見ていた。
「……?ワタリ……?あれ、何で……?」
「んなの…こっちが聞きたい。電話してきたのはそっちだろ?」
「…電話?…誰に?」
「俺に。」
「………。え。誰が、誰に…?」
「アンタが、俺に。」
「…………?!」
彼女は携帯を取り出して…、発信履歴を確認する。
ちゃんとそこには…
高梁の名前が、刻まれていた。
「え………?」
試しに、決定ボタンで…。もう一度、高梁に電話を掛けるけれど。
♪~♪♪♪……
♪♪♪♪…………
渡の手元から…メロディーが流れ始める。
渡は携帯を耳に当てて、
「もしもし。」
そう言って……、電話に出ると。
羅衣の耳に……
渡の声が、二重になって届いた。
「………え。え……?これ…、高梁くんの番号じゃないの?!」
羅衣は少々…パニック気味。
「………。何あったのか知らないけど…、高梁にまーた騙されたんじゃないの。」
「…………。」
騙された、というよりは……。
高梁のことだ、きっと…羅衣の為に粋な悪戯を施したってところだろう。
彼女はそう気づいたけれど…、敢えて口にはせずに…黙り込んだ。
「……なあ、お前さ…、何しにきたの?」
渡はお構いなしに…、彼女へと、問い掛ける。
「………。あの……、ね。どうしても渡したいものがあって……。」
「は?わざわざそんなん為に家まで?」
渡は……、笑ってなどいない。
「……だって、学校で渡そうにもアンタいないし…。それに、渡すタイミングも難しいかなって。」
「………。」
表情は…かたいまま。
「あの、この前…、傘とタオルを…ありがとう。」
「ああ……。」
気のない返事をする渡に、羅衣は紙袋を…手渡す。
渡す瞬間に、少しだけ…渡の手に触れた。
じわりと汗ばんだ…熱い手。
「…こんなの、下駄箱に入れておけば済むのに。」


