秩父鉄道御花畑駅。
この小さな駅が二人の待ち合わせ場所だった。

翼の住んでいる上町は、この駅の影森駅寄り、西武秩父駅の線路の反対に位置していた。

陽子の住む武州中川駅は、影森駅・浦山口駅の先にあった。


御花畑駅とは名ばかりの、アスファルトとコンクリートに囲まれた駅だった。

この駅は市役所の西側にあり、秩父の中心の駅だった。


改札口で再会した二人。

陽子は躊躇わず翼の手を掴んだ。

恋人同士なら当たり前だと思っていた。
真っ先にやってみたかったのだ。

陽子はこういう、たわいもない動作に憧れていたのだった。


でも翼は躊躇する。
ドキドキしてた。
頭にカーッと血が昇り胸の奥がキューンとする。
翼は緊張のあまり体がこわばっていたのだ。


動揺が陽子に伝わり、ピーンと空気が張り詰める。

翼は震えていた。
陽子に感電したかのように動けなかった。


二人はそのまま見つめあった。




 それでもどうにか……
駅の小さな階段をエスコートしながら手を繋いで降りる。

翼の指先が小刻みに震えている。

掌に緊張感が伝わり、陽子は取り乱す。

そして翼に対する愛しさが込み上げる。


(本物だった……)

陽子の心は泣いていた。
やっと訪れた恋と、可愛い恋人に巡り逢えた嬉しさに。


(遂に訪れたのね。ああ翼……何て可愛いの。目は二つ鼻も口も一つなのになのに……外の人とは比べ物にならない位に整っている)

陽子はアイドル系の翼の容姿にに見とれていた。


初恋だった。

だから……
陽子も躊躇した。
それでも陽子は冷静さを取りつくろった。




 「あれっ!?」
翼がいきなり止まった。

行こうとした道がお店で塞がれていた。


「失敗失敗」
翼は照れ笑いをしながら、その先のもっと小さな階段を上がった。


「おかしいな? 確か前は行けたのに」
翼は久しぶりに訪れた駅で迷子にでもなったような感覚でボーとしていた。


翼が降りた階段は秩父駅方面へ向かうための階段で、翼達が行こうとした方面はなだらかなスロープだった。

そう確かに以前は其処にお店はなかったのだ。
翼が間違えるのは当然だったのだ。
でも実は……
翼はそのスロープ側から駅にやって来ていたのだ。

陽子との待ち合わせばかり気にして、他のことなど目にも入らなかったのだ。