孝は東京にある大学の三期生で、池袋駅の少し手前にある江古田駅近くに下宿していた。

昨日は父親の看病で秩父の実家に泊まり、直接大学へ通うために乗車していたのだった。


父親は孝の実兄と二人暮らしだった。

母親を早くに亡くした兄弟はとても仲良く、父親思いの息子達だと有名だった。

そんな二人もそれぞれの都合があって、父親の面倒は交互に診ると決めていた。

少しだけでも、出来るだけ傍に居たい。
孝はそう思っていた。
だから孝は毎土日、秩父へ帰っていたのだった。


香と孝の出会い。
それは正に運命の悪戯だった。

実は孝は、香の双子の姉・薫の高校時代の部活の先輩だったのだ。




 そうとも知らず香は乗り込んだ電車の中で孝を探し求めた。
あのエロスに満ちた視線がどうしても忘れられなかった。


何故なのだか香にも解らない。
ただひたすらあの視線が恋しかった。

西武秩父駅の改札口で待ち伏せしたくて、早く起きて逆方面に乗り込もうかとも考えた。

ホンの一つ先に位置していた西武秩父駅。
でも一駅と言えどかなりの距離があった。
だから、バスで行くことも考えた。


あれこれと悩みながら朝になって、結局横瀬駅から乗る羽目になったのだった。


ジタバタしていた。
そんなことをして嫌われないかと心配していた。
だから……
かえって焦った。
そして時間に追われ、走れるしか手がなくなってしまったのだった。