新学期が始まる頃には、クリスは大分日本での生活に慣れてきたようだった。



そのクリスは一日中私の側にいて、まるで蛸が吸い付くみたいに私にくっついてくるもんだから、仕事や勉強が捗らないったら。



だけど先生が釘を刺したように、「先生とクリスのバトルが終わるまではどちらも私に手を出さない」のルールはちゃんと守ってくれている。だから安心して一緒に暮らせるわけで。


そうじゃないと、先生とクリスの板挟みになってしまって、受験勉強どころじゃかっただろう。


「カノン、今日は何作るの?」

「んー。刺し身…は、まだ嫌いなんだっけ?」


クリスは嫌そうな顔で「俺刺し身嫌い」と呟いている。

その様子を見たらなんだか、餌をねだる仔犬を連想してしまって、思わず頭をヨシヨシしてあげた。



「気持ちいい。ずっとこうしてろ。アイツには、やっちゃ駄目」


ほら、そんなとんでもない事をいきなり言い出す。


「いやだ。イタリアにいる時言ったじゃん。私が好きなのは一人だけだって。クリスには……」

「きっと俺の事も好きになる。間違いないから」


自信たっぷりに言うその根拠はどこからくるものなのか、是非教えて頂きたい。


「明日から学校だけど、大丈夫?」

「うん。カノンと同じ学校に通うんだと思えば、今までより気が楽だ」

そう言う女を喜ばせるテクニックはさすがイタリア人だと褒めておこう。