深層融解self‐tormenting

細い作業用の小路を抜けて、三本目の葡萄の木を右に曲がる。そのまま真っ直ぐ行けば………。




ほら、広い空地に出た。


そして、その真ん中に一本だけ立っている葡萄の木。




小さい頃、この木を私は「お婆ちゃんの木」って呼んでて、嫌な事があるとすぐここに来て泣いていた。



ファビオのヒントって、もしかして、これ………?


この木……。何て言う品種なんだろう?


そう言えば、この木の実を私は食べた事がないな。






「お嬢さん……カノンの木にご用ですか、お嬢さん?」


「……カノンの木?」



声がした方を向くと、農場案内のお姉さんが私に向かって笑いかけてきた。


もしかして、見学客と間違えられてる?



「その木はヴェルナッチャという品種の木で、市場には出さないワイン用の木なんですよ。自家用ワインなのですがね。そのワインは、若い頃は酸味と辛口のはっきりとした味と、アーモンドのような甘味が特徴で、年数を置く毎に酸味が消えて辛味と甘味を増していきます。最近は商品化を希望する声も多いんですけどね」

「……ワインに、名前はないの………?」

「『カノン』と、申します。ですから、カノンの木と呼んでいるんですよ」



やったぁ。お婆ちゃんの問題の答えが分かったもんね。

あれ、ヴェル……ヴェルなんだっけ?でも、この木のワインでしょ、お婆ちゃん。


でもさすがに作った年までは分かんないや。


「ここだけの話、こちらの農場には昔からトスカーナで栽培されている葡萄が幾種もありますが、この木に敵う実を実らせる木は、他にはありませんね。隣の農場でグレコを育てていますが、やはり農場主が愛情を込めて育てた1本は10本のグレコに勝ります」

「隣では『グレコ』って奴を育ててるの?それ高いワインになるの?」

「最近グレコは人気がありますからね」

ふーん。隣の農場って言ったらクリスの家の畑か。……となれば。

「ありがとう。また来る」

クリスに会いませんように、と祈りながら、こっそり隣の農場を目指して歩き出した。