茜は、俺のことが好きだと言う。
矢田は、茜のことを特に気に入っているのが分かっている。
矢田の想いは叶わない。
報われない。
告白を断って、茜の泣く顔を見たくなかった。
だけど、矢田のこんな顔を見たいと思っていた訳じゃない。
友達と恋を天秤にかけたのは、俺。
俺は薄情にも、恋を取った。
矢田の恋を知っていたクセに、応援してやれなかった。
「バーカ。」
「バカって、何だよ。俺は………、お前を。」
裏切ったんだぞ。
告白されたからって浮かれて、調子に乗って、友達を捨てたんだ。
そう言おうとする俺の言葉を、矢田が塞ぐ。
「紺野、気にすんな。お前、変なとこで気を遣うからなー。」
気にするなと言う方が無理だ。
冗談を言う時と同じ口調で、矢田は本心を隠す。
「気を遣うなら、別のことに遣ってくれよ。」
「それって、どういう意味だよ?」
「増渕の友達、紹介して?めっちゃ可愛い子、限定な。」
その言い方が、いかにも矢田らしいと思ったのは言うまでもない。
「考えとく。」
「考えとく、じゃなくて。これ、強制だから!」
「あー、分かった分かった!茜に相談してみるからさ。」
「さっすがー、ユウキくん!!頼りになる!」
「お前が、ユウキくんとか呼ぶな!………気持ち悪い。」
変わる関係に戸惑い、変わらない関係に安堵する。
迎えた、中学に入ってから2度目の夏休み。
いつもとは違う夏になりそうな、そんな予感がした。
サァーーー………
山から吹き下ろす風が、肌を滑る様に抜けていく。
いつもならば蒸し暑いだけのその風は、今に限って言えばとても涼しい。
微風とでも、表現すべきか。
柔らかく、心地よく吹き抜けていく風。
その風が冷たさをわずかに孕んでいるのは、今の時間が朝早くだからだ。