天宮 春奈。


残酷な暇潰しの標的にされてしまった、女の子。

いじめによって傷付いて、学校から姿を消してしまった女の子。



あの子が、学校にいるのか?

もしかして、ここに来る?


この教室に、彼女が来るのだろうか。



トクン。

トクン、トクン。


わずかに速くなる、胸を打つ鼓動。

眠気でぼんやりしていた頭が、急速に活動を始める。



脳裏をよぎるのは、同じ教室の中にいたあの子の姿だ。


大人しくて、真面目で。

誰よりも真剣に授業を聞いていて、成績は常にトップクラスだった天宮。


教室の端で静かに佇み、いつも本を読んでいた天宮。



あの子が、学校にいる。

もう会えないかもしれないと思っていた天宮が、同じ学校の中にいるかもしれない。


視線を戻し、実習棟の1階を再び見てみる。

しかし、既にその場所に人影は存在していなかった。





(そう、だよな………。)


天宮が来るはずがない。

あの天宮が、学校に来る訳がない。


それなのに、どうしてそんなことを思ってしまったのだろう。

どうして、あの人影が天宮だと、そう思ってしまったのだろう。



制服なんて、みんな同じ物を着ているのだ。

髪型なんて、同じ髪型をしている子は他にもいるはず。


それなのに、あの子だと思ってしまった。

天宮かもしれないと、勝手にそう思ってしまったのだ。


俺は。



そんなはず、ないじゃないか。

天宮であるはずがない。


好きな人をみんなの前で暴露されて、酷い傷付けられ方をした。

全てを取り上げられ、踏みにじられたのだ。


そんなあの子が、ここに来るはずがない。

もう1度、俺の前に姿を見せてくれるはずがない。



期待していたのだ。

もしかしたらと、勝手に思ってしまったのだ。


だから、先ほど見た人影に、天宮を重ねてしまった。

天宮の影を重ねて、彼女だと思い込んでしまった。