(そういえば、私………バッグ、置き去りにしたままだったんだ。)
あの時は、ただあの場から逃げ出したくて。
消えてしまいたくて。
バッグの存在なんか、すっかり忘れてしまっていた。
手に取れば、思い出すのはあの日のこと。
このバッグに、チョコレートを潜ませた。
大好きな人にあげる為のチョコレートを隠していたのだ。
「………。」
好きだった。
本当に、本当に大好きだった。
終わりにするつもりだった。
けじめを付ける意味で、私はチョコレートを作った。
でも、あのチョコレートは、もうこのバッグの中にはない。
取り上げられてしまった。
頑張って作ったチョコレートも、精一杯の気持ちを込めて書いたカードも。
みんな、みんな、奪われてしまった。
思い出したくない。
記憶から消してしまいたい。
それなのに、消えてくれない記憶。
今もあの記憶は、私の脳内に刻み込まれている。
「天宮さんはー、紺野くんのことが好きなんだって!」
もう、いいよ。
もう、止めてよ。
思い出したくないのに、どうして私の脳はすぐに反応してしまうのだろう。
あの日の影が、私の心をギュッと締め付けていく。
過去の亡霊が、今の私を苦しめていく。
心臓が痛い。
頭が痛い。
いびつな笑顔。
困った顔。
驚いた顔。
いろんな人のいろんな顔が、脳裏に浮かんでは消える。
帰りたい。
家に帰って、閉じ籠もりたい。
だけど、帰れない。
帰らないと、そう決めたから。
閉じ籠もらずに、ここに来ると。
固い殻の中で閉じ籠もることは、もう止めるのだと。
決めたんだ。
私を思って動いてくれていた、お父さんの為に。
そして、何よりも、自分自身の為に。
平和だった。
心を揺さぶるものから守られた日々は、安らぎに満ちていた。
学校に通うことで、母親の体面も保てる。
今までみたいに、一方的に責められることも少なくなった。