世の中は、上手くいかないことだらけだ。
どんなに想っていても、恋も叶わない。
紺野くんの隣には、紺野くんの大切な人。
増渕さんがいる。
叶わない恋ほど、つらいものはない。
話しかけたくても、話しかける勇気もなくて。
偶然を装って、話せる機会もない。
見ているだけだ。
自分の恋が散っていく様を。
大好きな人が、自分ではない人と幸せになる過程を。
私は遠くから、見つめることしか出来ない。
それでもこの現状に耐えられているのは、仲間がいるから。
私の手を取ってくれる人がいる。
こんな私なんかに声をかけてくれる、友達がいるから。
残酷ないじめから救ってくれたのも、彼女。
叶わない初恋を忘れさせてくれるのも、彼女。
私にとって、唯一の存在。
それだけで、私は随分と救われている気がする。
季節は冬。
冬の終わりも近付く、2月の中旬。
2月13日。
そう、今日はバレンタインの前日。
バレンタインというイベントを前にして、私は橋野さんの家にいた。
カチャカチャと、隣からは小気味のいい音がする。
リズムを刻む様に響く物音。
私の隣で、橋野さんが慣れた手付きで動かしているのは泡立て器。
みるみるうちに、生クリームが膨らんでいく。
始めはサラッとした白い液体でしかなかったのに、不思議だ。
橋野さんが手を動かせば動かすほど、空気を含んで盛り上がっていく白い泡。
空に浮かんでいる雲みたいだ。
甘くて、フワフワした白い雲。
この手で触れる、偽物の甘い雲。
目が合えば、橋野さんは笑ってくれる。
図書館で会った時の様に、私に笑いかけてくれる。
笑顔で泡立て器を動かす彼女に、私は思わず謝っていた。
「ご、ごめんね………橋野さん。」
「………?どうして謝ってるの?」
「いきなり、キッチンを使わせて欲しい………なんて、ワガママ言ったりして。」
