街中でのほほんと暮らしていた頃ならば、アイラが隣国の情勢に気を配るなんてことはなかっただろう。あの頃とは違う。

 生きた死体を相手に戦った。すさまじい力を持つ魔術師を目の当たりにした。死ぬかと思うような重傷も負って――、今は見たこともない隣国のことが気になってしかたない。

「イヴェリン様とわたしに何をやらせようってわけ?」

 エリーシャの隣に座り込んだアイラが父にたずねると、彼は裏の八百屋に大根を買いに行けというくらいの気安い口調で言った。

「まー、こうなったらお前も諦めて、だな。とりあえず、セシリー教団に行ってこい」
「はあ?」

「いやー、パパ、お前は後宮で守ってもらうつもりだったんだけどさ。ここまで来ればお前だけ安全な場所に置いとくわけにもいかないだろ? 今なら堂々と護身の術もかけられるしさぁ、イヴェリンと一緒なら大丈夫だろ。ちょっと行ってこい」

「ちょっとってねぇ……」

 そんな大事なことを、そんな軽い口調で言わないで欲しい。アイラが肩を落としている横で、エリーシャは難しい顔をして考え込んでいた。