「……あ、言われてみれば」

 イヴェリンは二本の指で眼鏡を元の位置に戻す。そうして、改めてアイラに切り出した。

「後宮も何かと人手不足でね。君は剣が巧みだと聞いているが?」
「使えると言っても、自分の身を守るくらいですよ。父に習えとは言われましたが、いたって平凡な一般市民なので」
「使えるならそれでいい。入ってから、みっちり鍛えてやるから安心しろ」
「はあ――」

 どうやら、皇帝の愛人として拉致されるというわけではないらしいということを聞いてアイラはほっとする。

「店主には話をつけておく。明日の朝、迎えをやるからそれまでに支度しておけ」
「あの」

 軽やかな動作で立ち上がったイヴェリンをアイラは呼び止めた。

「後宮に行く支度って何をすればいいんです?」
「必要なものはこれに書いてある。あと後宮に入った後は出入りに許可が必要になるから、家の始末はきちんとしておけ」
「……」

 アイラの前に必要事項の記された紙を残し、颯爽と立ち去るイヴェリンを見送ってから、後宮行きが決まってしまったことに気がついた。