常に考えながら行動するように教え込まれた体は、誰の前でも無意識に緊張を

強いられてきた。

そんな必要はないと言ってくれた人をじっと見つめていると、私の視線に気が

ついたのか、不思議そうな顔をしながらも微笑を浮かべ見つめ返してきた。



「コーヒーを淹れましょうか」


「うん」



ワインに酔いたくて飲みたかったのではない。

ワインがもたらす雰囲気に浸りたいから口にしたのだと、ちゃんとわかって

くれている。

グラス一杯でも、充分にその役割りを果たしてくれた。

そうなると目覚ましにコーヒーが欲しくなってくるものだ。

それも、濃厚な香りと味わいの一杯が欲しい。


ほどなく運ばれてきたカップからは濃厚な香りが漂い、深い味わいと酸味が

口の中で溶け合っていく。

苦味が感じられないのは、多めに入れるのがお好みだったわね、と言いながら

珠貴の手でなみなみと注がれたクリームのおかげだった。

ランプの明かりが褐色の液体にも映り、ゆらりと妖しい色を見せている。

ほら見て、とカップの中を見るように誘うと、まぁ、ステキ……と嬉しそうな

顔をした。



「ランプはどこにおくの?」


「珠貴は?」


「やっぱり寝室かしら」


「それ、持ってきて」



私がひとつ抱え、残ったひとつも持ってくるように言うと、はにかみながら

後をついてきた。

寝室のサイドテーブルに二つ並べてランプをおき、明かりを灯す。

リビングで見た明かりとは、また異なった色が部屋に映し出された。



「今夜だけは、ふたつ一緒においてあげましょうね」


「明日からは離れ離れだからな」


「離れ離れなんて聞くと、すごく遠くへ行っちゃうみたいで寂しいわ……」


「いっそのこと、ここにふたつ置いておこうか」


「いやよ、せっかく頂いたのに。私、持って帰ります」



ぷくっとふくれた頬をつつき、両手で彼女の体を包み込んだ。

胸に埋もれた顔を上向かせ、顎に指をかけると同時に瞼がおりてきた。

触れた唇は離れたがらず、味わいつくすように吸い続けた。

珠貴の肌に映る光はどんな色を見せてくれるのだろう。

天井に反射した明かりを目の端に入れながら、そんなことを考えた。





二週間も会えないときもあるのに、日をおかず顔を合わせることもある。

ランプの明かりで過ごした夜から2日後、そのまた2日後と、珠貴と一緒に

過ごす時間が持てた。

日曜日の昼間、連れ立って繁華街を歩くなど滅多にないことで、ビジネス

スーツを脱ぎ捨てた体は軽く、仕事も忘れるほどの開放感に浸っていた。

梅雨の合間の日差しに誘われたのか、珠貴の装いは真夏のものにちかく、

申し訳程度についている袖から覗く肩のラインは、行き交う男の目を止めて

いる。

彼女の連れは俺なのだといわんばかりに、しっかりと手を繋ぎ雑踏を進んだ。


視線を感じたのは、スクランブル交差点を渡りきったときで、珠貴も気が

ついたのか繋いでいた手をスッとはずしながら、不安げな顔を向けてきた。

促された先に顔を向けると、一瞬で緊張をもたらす良く似た二つの顔が

こちらを見つめていた。