カップの半分ほどを飲みカタンと音をさせテーブルに置くと、平岡の意地悪い

声が飛んできた。 



「副社長、少しお静かに願います」


「アイツの口真似なんてやめてくれ。せっかくのコーヒーがまずくなる」



私の反応を見ておどけた素振りをしている彼も、気の張る部下がいなくなり、

つい軽口がでたのだろう。

真琴の口調を真似た平岡の声に、去ったばかりの優秀な秘書を思い出した。

いかなる場面でも、対面する相手に不快感を与えぬようにというのが真琴の

信条で、それは母親から厳しく躾けられたことでもあるのだろうが、己を

律する感情のコントロールは見事なものだ。

彼女の目は私へも注がれており、感情を露わにする仕草や粗野な態度が目に

付くと、そのたびにたしなめられた。



「クリームは控えめに。それから、カップはお静かに置かれたほうが……

お客様への……」


「わかった、わかった。君も浜尾さんと同じ口調になってきたな。

さすが親子だ、よく似ている」


「差し出たことを申します。ですが、副社長のお立場を考えますと……」



繰り返し行儀を注意する真琴に 「はいはい」 と面倒くさそうに返事を

すると、母親に良く似た顔が私を軽く睨み、諦めたようにため息をつくの

だった。

遠慮の中に厳しさがある真琴の母の口調を真似るように、彼女は私への苦言を

口にする。

歳は私の方がいくつか上なのに叱られるのはいつも私で、まるで姉から小言を

言われているようなそんな関係だった。



「あの人は本当に存在感がありますね。僕の方が上司だとわかっていながら、 

浜尾さんから声がかかると、どうにも指示をもらっている気分ですよ」


「俺もだ。アイツの前では何を言っても歯が立たないって気がするよ。

それがまた、すべて正しいときている」


「だから、反論もできない」



そうそうと平岡と頷き、哀れみの同意を確認しながら情けない顔になっていた。



「浜尾さんと付き合う男は窮屈でしょうね。

四六時中行儀良くしてなくちゃならないんですから。

あの人、家でもスーツを着てるんじゃないですか? それよりいるのかなぁ」


「いるのかって、付き合ってる男がいるのかってことか? 

さぁ、聞いたことはないが、案外家では胡坐をかいて

煙草をふかしてるかもしれないぞ」


「ありえませんね」



そこまで平岡に否定されると、幼馴染みとしては少しばかり真琴が気の毒な

気がしたが、平岡の言うことがわからなくもなかった。