珠貴の説明に、私は自分が不利な状況であると認識し始めていた。



「おとうさまと潤一郎さん、紫子さんにも、宗からお話してくださいって。

知弘さんには、静夏ちゃんがお話しされるそうよ」


「親父たちに俺から話せって、そういうことか」


「えぇ。あなた、私のこと、ご家族のみなさまに、

なにも言わずに静夏ちゃんに任せたんですもの。

そのお礼ですって」



ふふっと、珠貴がおかしそうに笑う。

珠貴が静夏のメッセンジャーであると、このときやっと理解したのだった。



「なんてことだ、子どもが生まれるって? 

そんな大事を知弘さんにも黙ってたって? 冗談じゃない!

おかしいじゃないか。だいたい、子どもがいるのを黙ったまま、

別れるだの、もうおしまいだの、 

そんなこと言うほうが間違ってる。

知弘さんと本当に別れたら、アイツどうするつもりだったんだ」


「ひとりで産むつもりだったみたいよ。

気持ちが離れた人と、一緒にはいたくないんですって。 

さすが近衛家の方ね。覚悟が違うわ」



憮然としている私に、これから大変よ、とわかりきったことを言いながら前菜

を口に運んでいる。

出産予定日が二月なら、子どもが生まれる前には籍を入れなければならないだ

ろう。

そうなると、その前までにこちらの準備を整える必要がある。

何が一年だ、猶予などあってないような期間ではないか。

静夏のわがままにふりまわされるなんて、なんてことだと憤慨していたが、

知弘さんのマンション前で言われた静夏の言葉を思い出した。


『宗が悪いのよ……ぐずぐずしてるからこんなことになったんじゃない。

だから言ったのに……どうしてもっと早く……』


もっと早くこちらが何とかしていれば、静夏も知弘さんも、迷い悩むことはな

かったというのか。

正月の吉祥の席でも、私に対して不満を並べていた。

静夏は、あのときすでに知弘さんの帰国の覚悟を知っており、自分の将来が不

透明になったと、不安だったのかもしれない。

だから、葵ちゃんの名を持ち出し余計な遠回りをする私をみて 「宗はバカだ」 
と私をなじったのだ。

そういうことか……と、思わず声が出ていた。

静夏の言動の端々に、私へのサインが隠されていたのを、気がつかずにいたの

だった。



「頭の中が混乱して収拾がつかないよ……何から始めればいいんだ。

珠貴、力を貸してくれないか」


「えぇ、もちろんよ。まずは……近衛のおとうさまにご報告かしら。 

潤一郎さんとゆかちゃんもご一緒なら、お話しやすいでしょう」


「そうだな。その前に、知弘さんに会って話を聞いてくる」


「そうね、その方が良いわね。

おとうさまと知弘さんを、お引き合わせしなくちゃ。 

赤ちゃんの父親になる人ですもの」


「うん、お袋が戻ってから日程を相談するよ。

伊豆の会長はふたりのことをご存知なのか?」


「祖父に聞いてみるわ。赤ちゃんのことを知ったら驚くでしょうね。

祖父のことですから、きっと、早く静夏さんのご両親にご挨拶しなければ、

明日にでもお会いしたいと言いだしそうだわ」



珠貴の力を借りながら、ひとつひとつやるべきことをあげていき、行う手順を

大まかに決めた。

それにしても、静夏の残していった宿題はあまりにも膨大だった。