私の電話の声が深刻そうだったと、出迎えてくれた宗に言われた。

今の私にとって、これ以上の深刻な問題はない。

静夏ちゃんとのやり取りをこと細かく伝え、彼の意見を待った。



「ふぅ……女が腹をくくると、すごいことを思いつくもんだな」


「静夏ちゃんだから思いついたのよ。他の人には真似できないわ」


「アイツ、度胸だけは人一倍あるからな。

それにしても……専務取締役の妻を演じるとは……」



腕組みをし、しばらく考え込んでいた宗が 「よし」 と何かを決めたように

声を発した。



「須藤社長に早急に会おう。

顔も覚えていただいている、何度か仕事もさせてもらった。

それなりの布石はしてきたつもりだ。

最初の計画より少し早いが、直接お会いした方がいいだろう」


珠貴はどう思うかと聞かれ、それで良いと返事をした。

私にも、それが最良と思われた。



「俺も、親父が出張から戻ったら話を通しておく。

珠貴は、社長の都合を聞いてもらえないか」


「わかりました」


「だが、どうして一年なんだ? 準備期間って、アイツ、

外国で専務夫人のセミナーでも受けるつもりか。

しかし、そんなセミナーがあるのか? わからん……」


「さぁ、静夏ちゃんのお仕事や、お勉強の後始末もあるんじゃないかしら」


「なるほど、そうかもしれないな」



転がるようにことが進んでいくとはこういうことかもしれない。

私の環境が一気に変わろうとしていた。





静夏ちゃんが留学先に帰る日がやってきた。

行動は早いほうがいいということで、ご両親や知弘さんの心配をよそに離日の

日を決め、ご両親には 「いつか彼と結婚します」 とだけ告げたというのが、

いかにも静夏ちゃんらしい。

飛行機の時刻が迫り、家族との別れの間際、静夏ちゃんに 

「珠貴さん、ちょっと……」 と、ロビーの隅に呼ばれた。

宗に伝言があるので伝えて欲しいという。



「私の飛行機が飛び立って、それから、宗に伝えてくださいね」


「えぇ、それはいいけど、なぁに?」


「宗にお返しをしておかなくちゃと思って……」 
 

「なにかお礼でも?」


「そうね、礼といえば言えるかも。

私に何もかも押し付けた、あのときのお返しですから」



そういうと、私に封書を手渡した。

黙って読んでくださいと言われ、すぐに開封し目を通した。


『次に帰国するときは二人で帰ってきます。 

一年の準備期間は出産です。現在8週目です。

まだ、知弘さんも知りません、向こうに到着したら話します。

(今伝えると、出国を反対されそうですから) 

母には隠しておけませんでした。昨日問い詰められて、すべて話しました。

急に同行することになったのはそのためです。 

父と潤 (紫子さんにも) へ、今回のいきさつを宗から話すように、

珠貴さんから伝えてください。よろしくお願いします。  静夏 』


手紙を読んで言葉を失っている私へ、静夏ちゃんが小声で語りかけてきた。

 

「宗が結婚宣言したとき、静夏、あとは頼むなんて言って、

そのまま家を飛び出したんですよ。 

両親にいろいろ問い詰められて、私、大変だったんですから。

これで宗にお返しができるわ。 

時間は一年ありますから、宗も珠貴さんも頑張ってくださいね」



飛び上がるほど驚いたというのが、このときの私の受けた衝撃に一番当てはま

る言葉だったかもしれない。

絶句する私に 「お願いしますね」 と極上の笑みを浮かべ、静夏ちゃんは

おかあさまと出発ゲートをくぐっていった。

妹の旅立ちを感慨深く見送る兄に、この衝撃的な伝言をいつ伝えようか。

宗の横顔を眺めながら、今夜の近衛家の騒動が目に浮かんだ。