海を見渡す高台に建てられた屋敷には、広い庭とゆったりとした駐車スペース

が設けられていた。

知人を招いてガーデンパーティーも催すという庭にはテラスもあり、そこから

も海が一望できる。



「さぁ、どうぞお入りになって。主人が食事をご一緒にと申しております。

いかがかしら」


「ありがとうございます」


「宗一郎君、あまり堅苦しく考えずに気を楽にして。

いまからそんなに緊張してはもたないよ」


「えっ、えぇ……」



初めてお会いするのだから、緊張するなと言われても無理なことで、屋敷に足

を踏み込むごとに鼓動が高まっていた。



「父が宗一郎君を自宅に招待したいそうです。

どうかな、この機会に会ってみては」 と知弘さんに切り出されたのは、沢渡

さんの結婚披露パーティーの前だった。

「堅苦しく考えず気軽に会ってほしい。私も君に話しておきたいこともある

ので」 と添えられ、知弘さんの突然の帰国の理由も気になっていたことから、

須藤会長に会うことを承知したのだった。


よもや会長から会いたいと言われるなど、思いもしないことだった。 

私に会いたい理由は何か皆目見当がつかない。 

今回の招待は 「珠貴には内緒に……」 と言われていた。

知弘さんが、私と珠貴の交際を先に会長に告げたとは思えない。

「会長はなぜ、面識のない私に会ってみたいと思われたのでしょう」 と知弘

さんに聞いてみたが、「それは父に聞いてください」 と穏やかにかわされて

しまった。

疑問符ばかりが募る日を重ね、とうとうこの日を迎えていた。


相手の目的がわからぬまま対面する緊張は、例えようもなく苦しいものだ。

奥に待っていた須藤幸喜氏に対面する頃には、緊張で思考回路は停止寸前で

あり、挨拶の言葉をもつれ

ずに言えたのは奇跡に近いといえよう。



「初めてお目にかかります。近衛宗一郎です。お招きありがとうございます」


「珠貴の祖父です。その節は珠貴がお世話になりました。

これは家内で……息子はご存知でしょう。どうぞ座ってください」



遠いところをようこそおいでくださいましたと、こちらをいたわる言葉に張り

詰めていた糸が少しほどけてきた。

想像していた人物像より柔らかな人当たりで、珠貴の祖父ですと挨拶くださっ

たのが印象的だった。



「これと一緒になるとき住まいを伊豆に移しまして、

かれこれ10年ほどになりますか。温暖な良いところです」


「眺めが素晴らしいですね。空気が美味しく感じました」


「都会では味わえない贅沢です。さぁ、どうぞ遠慮なく。

家内の料理の腕はちょっとしたものですよ」



須藤会長の話は、食事の間中続いていた。

知弘さんのお母さんと再婚後ここへ移り住み 「気楽な老後です。息子たちが

顔を見せることもないのですよ」 と、あまり寂しそうでもなく笑っておら

れる。 

役職をすべて退き、事業には一切口を挟まないという条件で再婚を認めさせた

のだと、その口ぶりは誇らしげでもあった。



「これには辛抱をさせましたから、どうしても最後は一緒にと思いましてね。 

妻が亡くなって三年忌がすんで、もういいだろうと息子たちに

相談したところ、これがまた想像以上に反対されまして。

いや、まいりました」



知弘さんのお母さんを妻に迎えたのは男の意地で、二人の女性を愛した責任を

とりたかったのだと、そう言い切った須藤会長の言葉には真実があった。