男性にしては細く長い指が、愛しそうに触れている。

私はこの手に何度となく助けられた。

初めて会ったエレベータの中で、壁に体を預けた私を気分が悪いと勘違いした

彼は、早々に外へと連れ出し介抱してくれた。


櫻井さんと二人で会う機会は何度もあったが、仕組まれた交際であるとの思い

が強く、会うたびに彼が見せてくれた誠実さや優しさを、私は素直に受け取る

ことができなかった。

けれど、彼が差し出す手は、いつも優しく頼りになる手だとわかっていた。

誘拐されたときもそうだ、彼の手が私を支え勇気付けてくれた。

もし、宗に出会う前に彼に会っていたら、私はこの手に頼ったかもしれない。

勝手な思いだとわかっているが、そう思えてならないのだった。


開いた箱の中をじっと見つめていた櫻井さんは、

「一個ずつ大事に食べます。噛み締めながらね」 と、冗談めいて言うことで

私に負担をかけまいとしているのか、手早く包みをもとにもどし片付けた。

箱を丁寧に袋に入れながら、顔を下に向けたまま何気なくといったように声を

かけられた。



「近衛さんの元にいくつもりですか」


「えっ?」


「珠貴さんと彼のためにも、そうすべきでしょう。だけど……

こんなこと、僕が心配することじゃないとはわかっていますが、

須藤社長が寂しがられるでしょうね」


「それが……」



宗が言ってくれたすべてではないが、彼が私に父の跡を継ぎ、自分の手で経営

をやっていってはどうかと勧めてくれたことを話すと、櫻井さんの反応は想像

以上で、目を大きく見開き私の話を聞いていた。



「驚いたな。その提案は僕にはとうてい口にできないな。

あなたに、相当の負担を強いることになりますからね 

うーん……近衛さんらしいというか、彼だから言えるのかもしれないが、

よほどの自信と信念がなければ言えませんね」


「私も聞いたときは驚きました。

でも、考えれば考えるほど、これが最良の策だと思えてきて」


「そうですね。互いにビジネスパートナーになろうっていうんですから、

これが実現したらすごいですよ。

仕事でも人生の上でもパートナーか、理想的ですね……」



最後の言葉は、ため息まじりでもれてきた。

しばらく考えるように腕を組んでいたが 「うん」 と、独り言のように自分

に言い聞かせて私を見た。



「僕は、外野から応援させてもらいます」



言いきった声は爽やかで、櫻井さんの顔がすがすがしく見えた。