動き出した機体は轟音とともに加速し、瞬く間に地上を離れた。
シートに体を沈めオットマンに足を乗せると、それまでの緊張がほぐれ、狭い
ながらも快適な空間に、疲れた体が癒される。
「このシートは快適ですね。
浜尾さんにはあんなこと言いましたけど、いやぁ、いいですよ」
「そうだな。快適な旅になりそうだ」
”ファーストクラスをご用意いたしております”
浜尾君の言葉を聞いたときは、二人で顔を見合わせ驚き耳を疑った。
私も平岡も、社内規定でビジネスクラスの利用が許されている。
今回の出張もビジネスクラスで充分だと言ったのだが、手配済みですのでと、
こともなげに言われてしまった。
「ドバイ経由でしたら、こちらの航空会社のサービスに間違いはございません」
「それはありがたいが、なにもファーストクラスじゃなくてもいいじゃないか。
社内規定に反することにもなる」
「そうだよ。副社長ならわかるが、役員でもない僕もというのは、
なにかと都合が悪い」
「差額分は副社長と平岡室長へ、個人的に請求させていただきます。
それでしたら問題はございませんね」
「おいおい、それは」
「冗談でございます」
「君の冗談は、本気にしか聞こえないぞ」
浜尾君は優秀な人材だ、いかなるときも冷静に判断し最善の対処をとる。
私のほかに常務のスケジュールも管理しているが、彼女の仕事振りは非の打ち
所がないと、常務に言わしめるほどだ。
それがどうしたことか、今しがたの発言は浜尾君らしからぬもので、平岡も首を
かしげていた。
私がなおも食い下がろうとしたところ、彼女の表情がそれまでの業務上の厳しい
顔から、穏やかなものへと変化した。
「お二人とも、この数日はゆっくりお休みになっていらっしゃらないはずです。
休息も大事なことではございませんか」
「だが、公私の混同は」
「お疲れのままですと、満足な結果は得られないかと。
会社のためにも、お二人には万全の体調で臨んでいただかなくては困ります」
「浜尾君……」
珠貴の件で、私や平岡が奔走していたと知っているはずだが、浜尾君はそれに
ついては何も触れず、あくまでも表向きの理由で話を進めてくる。
いかにも彼女らしい気遣いだった。
霧島君の会社で行われた会合に浜尾君も同席しており、その際見聞きした事柄
から事件のあらましを承知していた。
だからこそ、珠貴が救出され事件が解決したあと、こうして私たちの身を案じて
くれているのだった。