「恭介!」
背後から聞こえた声に、思わず足が止まる。
「……っ、せめて、携帯番号だけでも教えてくれないか?」
「……なんで?」
コイツには勿論、親父にも1番上の兄貴にも、俺の連絡先は教えていないし、俺も実家の電話番号以外は知らない。
家に連れ戻されるなんて事は無いだろうけど、出来ればもう、戻りたくない。
家の中には、入りたくない。
「来月、兄さんが結婚するんだ」
「…………」
「兄さんは、お前にも出席して欲しいって言ってた。父さんも会いたがってる」
「……だから、何?」
スマホを握る手に、力が籠る。
不意に、扉に映る俺の影が濃くなった。
「恭介……」
「──……ッ!? ぅ、あぁぁッ!!」
瞬間的に叫んで、俺は蹲っていた。
その声に気が付いた外が、忙しなく扉を叩く。
「どうしました? 大丈夫ですか?」
「すみません、何でもありませんから」
外に向けて、兄貴がそう伝えた。
遠ざかる足音を聞きながら、俺は必死に自分の身体を抱き締め、襲い来る恐怖に耐えていた。
何をされた訳でもない。
ただ、兄貴の手が俺の肩に触れただけだった。
たった、それだけの事なのに……。
今はもう、その姿の一部でさえ視界に入れたくない。
隣に居るというだけで、怖い。
そんな俺に対して、兄貴は溜息を零しただけだった。


