呟いたそれは無論凛へと向けたものではなく、己自身の思考を止めるために呟いたものであったのだが、それを聞き止めてしまった凛にとっては今のこの状況が、と言った風に聞こえたらしい。


至極真剣な顔つきでうなづく、何も知らぬ女子の髪を乱す手を強めた。


「っうわ!?」


驚き顔を伏せた凛の耳に聞こえた小さな笑い声は幻聴だったか、どうか。

わからない。

わからなくても良いのだ、ただこうしてしっかりと言葉を交わせた事に意味はあると思うに、凛はともあれ前向きに五木の背を追った。

なんせ進む森の道は暗い、暗い上にデコボコとしていて危ないのだ。

そしてその道に慣れているのか五木はスイスイと進むものの、凛がその速さに追いすがるにはかなりの体力を使うことになるのはそう深く考えずともわかることだった。

まず、膝を擦りむく。

しかしてこんなもの気にしない、五木の背を必死で追いかける。

次に、柔い腕の薄皮を幾つか切った。

勿論こんなものも気にしない、ただ膝を擦りむいた時よりも痛みがあったため、驚いて立ち止まってしまった分少しばかりか五木との間が空いた。

最後の最後には、ぺちんと転んでしまい。

やれやれとばかり振り返った五木は驚いた。


「なんだお前!?ボロッボロじゃねぇか!」


「うぅ……いえ、少し、鈍臭いので、私……」


「少しどころじゃねぇだろ……!ったく、俺の歩みが速いなら速いって言えや!」


ぶっきらぼうではあるが、手を貸してくれた五木にありがとうと一言、パンパンと衣服の泥を払って再び歩き始めようと—————……してから、ドスンと何かにぶつかった。

と、言うのも。

前を歩く五木が歩き始めなかったからで。


「あ、あの……?」


「お前……」


「はい、なんでしょう?」


「靴、履いてなかったのかよ?」


いかにも、凛は幽閉されていた時には既に靴を取られており、そのまま抜け出して来た今靴なんぞ履いている訳はなかった。

この状態で五木に追いすがる等できようもあるはずがない、というのにこの女子は。

やれやれとばかし息をつき、しかしそれに気付いてやれなかったのは自分かと密かに戒めれば、スッと凛の前に片膝を立てた。

勿論、背中を向けて、だ。