「これが、あたしの音よ」

和美は、ピアノから離れると、ステージを降り、

真っ直ぐに、明日香に向かって歩いてくる。

目の前で止まると、和美は腕を組み、威圧的に…挑戦的に、明日香に言った。

「あなたの音は、あるの?」

戸惑い、思わず恵子を見る明日香…。

恵子は、深く頷いた。

明日香は深呼吸をし、天井を見上げた。

目をつぶる。

(逃げちゃ、だめ!)

心の奥が、明日香に告げた。

明日香はもう一度、恵子の方を見て、

力強く頷くと、歩きだした。

ステージまで。

和美の横をすり抜け、

明日香は、ステージに上がった。

マイクの前に立つと、明日香は、アカペラで歌い出した。

マイフーリッシュハート。

でも、上手くなんて歌えない…。

アカペラなんて、初めてだから。

そんな明日香の様子を見て、阿部達がステージに、いこうとする。

しかし、恵子が止めた。



明日香は、自分の歌の中で、道に迷う。


歌詞は覚えてる。

だけど、音が見つからない。

いつも聴いてるkkのアルバムのように、歌えるはず…

なのに、音がない。

あのアルバムには、

恵子の歌に、

寄り添い包むような優しい…健司の音があった。


健司の音。

寄り添う音。

あたしにはない。

あたしにはあの音がない。

あの音…

(トランペット!)


いきなり、明日香は歌うのをやめ、ステージから降りると、

横にある控え室に走った。

そこにあるもの。

恵子が、明日香にくれたもの。

明日香はケースを開け、

マウスを、それに差し込みと、

ミュートを、先にねじ込んだ。

そして、ステージへと戻った。

マイクに向かい、

「香月明日香。曲はI Fall In Love Too Easily 」

そう言うと、マウスに口づけをした。

トランペットが、静かにイントロを奏でた後、

唇を離すと、明日香は歌い出した。

明日香の歌。

明日香の音を。