「お母さん、話ってな……」



そう言いつつも、リビングへと足を踏み入れたわたし。

だけど中の様子を見たとたん、思わず口をつぐんでその場に立ち止まった。



「ほら、世莉も早くこっち座って」



ソファーに座って手招きをする、お母さんの向かい側。

同じようにソファーに腰かけたままこちらを振り返っている、男性の姿に気づいたから。

しかも信じがたいことに、その顔には見覚えがあって。


な、なんで、あの人がウチに……っ?!



「世莉? どうかしたの?」

「あ、やっ、なんでもない……」



わたしはなるべくその男の人と目を合わせないようにしながら、お母さんのとなりに腰をおろした。

制服のスカートの上でぎゅっと両手を握りしめ、顔があげられない。



「世莉。この方は、桐生 智さん」



『きりゅう さとる』。

お母さんがそう紹介したその人を、目線だけでちらりと盗み見る。

黒い髪。黒いジャケット。整った顔。そして、下の部分にだけフレームのついた眼鏡。

……眼鏡はなかったけど、たぶん間違いなく、先ほどあやめ堂で会ったあの人だ。

自分の名前を呼ばれたその人は軽く頭を下げ、そしてまっすぐにわたしを見つめている。