「……そういや、訊きたかったんだけど」



すっかり帰り支度を終えて、わたしの部屋を後にする間際。

こちらに背を向けたままの桐生さんが、不意にそう切り出した。



「おまえが、店であの本を読んだとき……本の中に、何か挟まってなかったか?」

「え?」



その問いかけに一瞬目をまるくするも、わたしはすぐに首を横に振る。



「ううん、知らないです。少ししか見てないし」

「……そうか」



うなずいて、桐生さんはトートバッグを肩にかけ直す。

その声音が、普段の彼と違うような気がして……どこか胸騒ぎがしたわたしはまた、その背中に言葉を投げかけた。



「大切な、ものなんですか?」

「──ああ、」



答えながら、桐生さんがドアノブに手をかける。

ガチャリと小さな音をたてて、ドアが押し開けられた。



「……俺がこの先ずっと、忘れてはいけないものだ」