『深く愛することのできる者のみが、大きな苦痛をも味わうことができるのだ。』


             レフ・トルストイ



   ◇ ◇ ◇



「こんにちは、桐生さん」

「………」



部屋に入ってきた桐生さんを、わたしは努めていつも通りの笑顔で迎えた。

彼はふっと息をついて、こちらに近づいてくる。



「……おまえが、弱い女じゃなくてよかった」

「それって、ほめ言葉ですか?」

「ほめ言葉だよ」



言いながら、パコンと軽くテキストを頭に乗せられた。

そんな彼にまた笑って、それからわたしは、まっすぐ彼を見上げる。



「すみませんでした。おとといの理科、お休みして」

「別に、1回くらいならどうってことねぇし」

「なんか、今までにも経験したことあるみたいな言い方ですねー?」

「……始めんぞ」



めずらしくバツが悪そうに顔をそむけて、桐生さんはそう言った。

勝った、とわたしが小さく呟いたら、無言で今度はさっきより少し強めに頭をはたかれる。

ズキズキ痛む頭をおさえながら、それでもこっそり安心してしまったのは、内緒だ。