「嬉しいな」
一生に一度しかないことを誉の手でしてもらえるなんて、ほかにどんな感情が芽生えよう。
ただ、気掛かりなことはーー
「誉、俺を殺しても泣かないでね」
実際は潰れた声で。されども、誉の耳には届いた。
「……、ぁ」
深海から上がってきたかのような反応。
間にして二秒。誉は悲鳴を上げた。
「泣いちゃうか」
殺さなくてもと瑞希から距離を取り、震える彼女を眺める。
「ち、ちがっ、ぁ、私わたしぃ!」
「いいよ。寝ぼけていたんだろう」
分かっているからと混乱する誉にーー近づけなかった。
「瑞希さんにっ、私っ、あ、やだっやだぁ、私、瑞希さんをっ!」
保たれる距離。何てことをしたんだと、誉は泣き、ベランダに向かおうとする。
「瑞希さんを傷つけた、傷つけたんだからっ」
罰したいと窓を割らんばかりの勢いで、外に出ようとする肢体。
誉がやりたいことなど、容易に想像できた。
「俺も一緒に飛ぶからね」
当たりらしく、だめだめと首を振る誉と目が合う。
「瑞希さんは、来ちゃだめ!」
「誉の傍以外のどこに行けばいいか分からないなぁ」
瑞希がついて来るーー後追いすると知った誉は台所に向かう。
次は何かなと瑞希が追う前に机の上に置いてある小さな袋を手に取った。
台所に行けば、包丁を手にする誉がいた。


