麗しの彼を押し倒すとき。



引かれるままについていくと、彼はまた少し小さい扉の前でとまった。

ごくりと唾を飲み込む。



「おい女!あんま大きい声出すんじゃねーぞ!そこの部屋の壁薄いんだからなっ!」


部屋に連れ込まれる少し前、さっきの剃りこみの男の声が聞こえたけれど、その言葉の意味をしっかりと理解するのはやめておいた。


部屋に入ると同時に腕が解放される。

振り向いた彼は私の隣を通り過ぎると扉を閉じて、あの教室との空気が完全に遮断された。

急に静かになった部屋に軽く周りを見回すと、思わずぐっと息を呑む。


意外と広い空間にぽつんと置かれた大きなソファ。

奥に置いてある本棚には、所狭しと文庫本やハードカバーの本が並べられている。

この部屋でただ一つの小さな窓には黒いカーテンが取り付けられて、隙間から少し光が洩れている。

床にはふんわりしたカーペットが敷かれていて、何故だかこの部屋だけ妙な高級感がある様な気がした。

学校だと忘れてしまいそうな部屋に唖然としていると、彼は上に着ていたブレザーを脱いでその場にあった椅子にかける。



「あ、あの、いきなり何なんですか?」


意を決して口を開くと、ゆったりとした動作で振り返った。

その一瞬でさえも、引き込まれてしまいそうな何かが彼にはある。



「な、名前は?」

「鮫島凪(さめじま なぎ)」

「…へ?」


意外にもあっさりと交わされた言葉に驚くと、同時に私の中で一つの解決できない疑問が浮かんだ。