「もー遅いって。腹減ったー」
こっちの状況を知ってか知らずか、後ろで波留くんの呑気な声と椅子から立ち上がる音がする。
依然目線を合わせたままのその人は、私の記憶が正しければ朝登校する際に会った、あの綺麗で危険な香りのする彼だった。
何よりミルクティー色の髪と、少し切れた口の端が今朝あの道で出会った彼だと証明している。
一緒の学校だとは分かっていたけれど、まさかこんな早く会うことになるなんて…。
目の前のことを把握するのに精一杯で、どこか現実ではないような気がしていると、
「あ、この子転校生の柚季っち」
いつの間に隣にいたのか、波留くんがこれまた呑気な声色で言った。
わざわざ伝えなくて良い情報を波留くんが口にすると「柚季……?」私と交わしていた視線を逸らし、彼が波留くんへと顔を上げる。
その目は何故か少し驚いたように見開かれていた。
「ん?お前が女に興味示すなんて珍しくね?」
「……」
「やっぱ柚季っち美人だからかー?」
「……」
「なぁ、聞いてんのか。おーい」
「……あんた、名字は?」
突然、例の彼がこちらを見て口を開いた。
「え?」
あの視線から逃れられて、すっかり油断して十円を拾い立ち上がった私に、もう一度緊張が走る。