ちゃんと笑えなかったかもしれない。

「里花」

いつからだろう。

先輩がたまに私を呼び捨てにするようになったのは。

それを聞くと、胸の中をギュッと掴まれるみたいになる。

ダメだ。

全然気のないふりをしようって決めたばかりなのに。

簡単に動揺してしまう。

私はもう、目の前の大好きなこの人を困らせたくないのに。

笑っててほしいのに。

「よ、良かったです。いつか遠くに行っちゃうかもしれない人との恋が実っても、辛くなるだけだし。そう考えるとラッキーだったかも?なんて」

だから。

必死で絞り出した、心にもない嘘をついてみる。

そしたら、安心してナナさんのとこ行ける?

けど

「そっか……」

なんて納得されたような返事をもらうと、不安になってしまう。

嫌な女だと思った?

心配して損したとか、思った?

先輩は自転車のハンドルを握ると、サイドスタンドを外した。

もしかして、こんな事言う私に苛立って、帰りたくなった?

けど、先輩は、そんな私に

「今度はちゃんといい男、見つけろよ?」

なんて言う。

「泣かせない男、見つけろよ?」

なんて言う。

先輩はどこまでいっても優しいんだから。

こんな嫌味を残すことしかできない、振った女の未来まで願ってくれるなんて。

そして、見つけてしまった。

まだ先輩の左手首で揺れているミサンガを。

とっくに外してしまってると思ってた。