さっきまで付きまとっていた眠気なんて忘れさせてくれる、爽やかで明るいハミング。
それを男の子は、今日もバスを待ちながら続けていた。

わたしはそれを邪魔しないように、足音を消しながらゆっくりとバス停に歩み寄る。

男の子は一度だけ顔をこちらに向けるけど、特に気にした素振りも見せずにハミングを絶やさなかった。

思えば今日まで、彼がわたしの存在を気にしてハミングをやめたことはない。

気にするような立場として認識されていないのかと思うと少し複雑だったりもするけれど、それ以上に彼がハミングを続けてくれることに安心する。

……だってわたしは密かに、彼のハミングのファンになっているから。

声なんかなくても、まるで言葉が伝わってくるような。そんな繊細で優しいメロディーは彼の性格を表しているんじゃないかって、勝手に思ってる。


「♪~♪~♪♪♪~♪~♪♪~」


男の子が作り出す音の空間。
その世界を壊さないように、彼から少し離れた位置でじっとバスを待った。

でも、まだ当分バスは来なくていいと心の中で願う。

少しでも長く感じていたかった。彼のハミングから伝わるものを、彼のことを知っていけるようなこの瞬間を。



――♪♪~♪~♪~♪♪~♪~……



だけど、その場の空気を彼のものとは違う音が揺らした。

割り込んできたメロディーの音源は、あろうことかわたしのスマホだった。

そういえば今朝、マナーモードに切り替えるのをすっかり忘れてしまっている。