馬車は今、皇都の外れの集落の近くの山間を通っている。
その集落は他に比べて土地が痩せていて、それでも他と同じように税はとられていくので、負担が大きいとされるところだった。
そのため、反王家の感情も大きいはずだ。
アルディスが起きた状態でここを通っていたら、そんな黒い感情を敏感に聞き取ってしまっていたかもしれない。
出発したてで、人々が起き出して来る前の時間帯なら平気だったのだが、この時間になると、人々の感情はかなり響き渡っているはずだ。
アルディスはまだ……、あの時のトラウマを忘れてはいない。
鮮明に覚えていて、彼女の記憶に強く根づいているからこそ、アルディスでいる時の彼女は、他人と言葉を交わしたり接触するのを避け、目の前の出来事から目をそらすようになったのだ。
時折彼女が苦しそうにうなされているのは、そんな声が聞こえてきて夢が影響されているからだろうか?
そんな事を考えながら、オリビアがそっと、アルディスの身体を眠りやすい無理のない体勢に直していると、御者席からハリスが声をかけてきた。
「オリビア、君も寝ていった方がいいんじゃないか」
オリビアは驚いて彼の後ろ姿を見つめた。
振り返って見たわけではないのに、彼はアルディスが寝ていることも、オリビアが寝不足なことも気付いていたのだ。
オリビアは気丈に、頭を振ってその言葉を否定する。
「……私は平気よ、ハリス。慣れているし、それに、令嬢でもないのに馬車の中で寝ていたらあなたたちに悪いわ」
ハリスが、半分笑ったように息をついたのがわかった。
「そう言うとわかっていたよ。でも、無理はするなよ。ここでアルディス様の世話が出来るのは君だけなんだから」
「わかっているわ」
ハリスは心配性だ、とオリビアは思う。


