「そんなだと、彼女出来たとき怒られるぞ。……まあ、お前の性格じゃ彼女なんて無理か」


ニヤニヤしながら言いたいことを言ってくるカルロを半眼で睨み付け、イグナスはもう一度考えてみる。


……やっぱり、わからん。


(…………いや、)


もう少し考えようとした時、イグナスは不意に思い直した。


護衛対象がどんな人物であろうと、どんな事情を抱えていようと、傭兵である自分には全く関係ない。


自分は、ただ対象を無事に目的地に送り届ければいいのだから。


馴れ合うつもりなどないのだから。




     *   *   *




一方、馬車前方15メートル──。


後ろで無造作にくくった濃紫の長髪を風になびかせながら、ブレンダ・セルベンダスは颯爽と馬を走らせていた。


道は山間部に入ってきた。澄んだ朝風が頬に心地よい。


大河のほとりの田舎町、のどかなブリーズンに育ったブレンダにとって、この山の静謐な雰囲気は初めてだった。


と同時に、彼女はきりりと身を引き締めた。


これは、彼女にとって初めてとなる、正規騎兵から下された重要な任務だ。


彼女が住んでいたブリーズンという町は、都から遠く離れ、本部からの任務などほとんど来ないところだった。


そして、任務が来たとしても、傭兵である女騎士のブレンダではなく、都から派遣された大して強くもない正規の士官兵や、同じ傭兵でも経験の長い男にそれは下された。


ブリーズンという町は、田舎なだけではなく、まだ男尊女卑の風潮が根強く残っている町だったのだ。


確かに地元で、ブレンダよりも強い兵など誰もいなかった。