そう言って、オリビアは微笑んだ。
「よく色んな人に聞かれるの。『自分の待遇の原因である皇王を恨んでいないのか』って。でも、一度もそんな風に考えた事ないわ。……もう母の顔も思い出せない私に、そんなこと言える資格なんて無いから……」
「…………」
アンは、何と答えたら良いか分からずに俯いて紅茶を一口飲んだ。
オリビアは呟くように言う。
「今の私には、義妹であるアルディスが全てだから……」
それからさっと顔をあげた。
「あ、もうこんな時間。明日も早いから、もう寝ましょう」
その口調は、いつもの使用人長である彼女のものだった。
「……はい」
アンも立ち上がった。
* * *
(……眠ぃ……)
皇国騎士学校にて。
『礼儀作法』の時間、イグナスはあくびを噛み殺しながら居眠りしないように必死に努力していた。
カルロと二人で晩餐会の護衛に行ってから、数日たったある日のことである。
この教科はその名の通り、目上の人(主に貴族や上官)への敬語や態度を学ぶ時間だ。
そして、イグナスがもっとも興味のない分野でもある。
「……一見貴族でない軍人に礼儀なんて無関係だと思われがちですが、騎士隊や軍部の上官には上流階級出身の方も沢山いらっしゃいます。そのような方々と接する時に、礼儀と言うものは必要不可欠なものなのです」
甲高い声でそうまくし立てているのは、『礼儀作法』専門の講師、エルビス女史である。
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