「……オリビア」
やがて暫くして、ハリスがふとを洩らすように彼女の名を紡いだ。
「僕は、……僕はね、君や、アルディス様をお守りすることを第一に考えている……」
突然告げられたその言葉の真意を、オリビアは容易に察した。
──その為なら、仲間だった人間を、切り捨てることもある。
「……ハリス……」
彼女には、答えるように、ただ名を呼ぶことしか出来ない。
「私は……あなたの判断を信じるわ」
数秒間思案した後、オリビアはそう言った。
彼が、判断の重さに苦しんでいることは容易にわかった。
今、怪しい動きを見せているカルロ。彼を信じて待つということは、情報を売られて危険に晒されるかもしれないという可能性を大いに伴うことになる。
逆に、彼を待たないという判断は、カルロはもう裏切ったものとされるので、情報を売られるという不安の芽を摘んでおく為にも、後腐れのないように、しっかりと始末しなければならないことになる。それが、つい先日まで背中を預けて戦った仲であったとしても。
カルロはただ、アルディスが皇女だという事実に動揺しているだけかもしれないし、或いは本当に、何かを画策しているのかもしれない。どちらにせよ、部隊長としてハリスが判断を下さねばならない期限は、刻一刻と近付いていた。
──正直なところ、オリビアはカルロを切り捨てる判断は避けたいと感じていた。
短い間だが彼と過ごして情がわいた……というわけではなく、もし切り捨てることになって、かつての仲間が同じ仲間の手によって始末されたということをアルディスが知ったら、きっと彼女は苦しむから。
けれどオリビアはその意見は胸にしまいこんだ。しまいこまざるを得なかった。
判断を下すという重圧の中、自分が意見を述べたら、彼をきっと、ひどく傷つけてしまうことになるから。
本当はハリスだって、仲間を手にかけるなんて判断は下したくないに違いない、けれど彼は、任務のためなら、アルディスや自分のためなら、その苦痛を無視して、冷酷に、最善な判断を下すとオリビアは知っていた。彼はそういう人だから。
オリビアはそっと手を伸ばして、テーブルの上で固く握られていたハリスの拳に触れた。
「……私はあなたの判断を信じるわ」
──告げたのは、心の底からの想い。


