(ブレンダが帰ってきたのね)
今朝、いそいそと街へと向かっていった彼女の後ろ姿を思い出して、オリビアはそう判断した。
今、騎士の間で何が起こっているのかは、侍女である彼女にもわかっていた。
茶髪の若い騎士──カルロが、不穏な態度をとっている。
彼は昨日からはふらりと姿を消して任務にも参加していない、というそんな状態で、任務遂行意志があるのかどうか甚だ怪しい。その上、アルディスの正体を明かした直後でもあるため、彼の行動には新たな意味も懸念されてくる。
正直、イグナスたった一人にアルディスを任せるのは警備上心許ない。といってもハリスが命じたことではなく、イグナスとブレンダの二人が判断してブレンダが説得に向かったようだが、ハリスがそれを敢えて目を瞑って彼女に任せているのは、それが最善だと判断したのだろうとオリビアは心得ていた。
今後のことを考えれば不安な芽はすぐに摘み取ってしまった方が良い。が、一度共に戦った仲間をすぐに切り捨てることはハリスには難しいのだろう、と彼女は思いやる。彼はそういう人だ。
果たしてブレンダの説得は成功したのか……耳を澄ましてみたが、しかしそこには、一人ぶんの足音しかなった。
(カルロの説得には……失敗したようね)
胸のうちでそう結論を出しながら、そっと机の向こう側のハリスの様子を窺う。
彼は無言で眉を寄せて、何かを考え込むような表情を見せていた。
「……様子は、どうだった」
沈黙の降りたその空間に、扉の向こうから声が響いた。恐らくは、イグナスのものだろう。
「……悪い。上手くいかなかった」
対するブレンダの、沈んだ口調。
「……そうか」
イグナスはそれだけ答え、廊下にはまた居心地の悪い沈黙が訪れたようだった。
「……アルディス様の、ご様子は」
暫くして、ブレンダが口を開く。
「変わり無い。……そういや、お前の昼飯を残してある。アルディスもまだお茶飲んでるから、一緒に食べると良い」
「……わかった。すまない」
「謝らなくて良い」
短い言葉のやりとりと共に、足音が響く。やがて、パタンと奥の部屋の扉の閉まる音が聞こえた。
「…………」
「…………」
廊下にこちらの物音が漏れることを心配する必要はなくなった。が、すぐには、オリビアもハリスも言葉を発しなかった。


