「……でも、良かった」
その時、ぽつりとハリスが呟く。
「何が……?」
オリビアの視線を受け、ハリスは頬杖をつきながら、やわらかく微笑む。
「目。昨日は随分腫れてたけど、今日はすっかり治ってるから」
彼はそう言いながらもう一方の手を伸ばして目のあたりをそっと撫でて来て、彼女は一瞬その感覚が空間を満たすような錯覚に陥るものの。
「……え?待って昨日腫れていたの?」
ふと冷静に言われた言葉を理解して、固い声をあげる。
さっと顔を青くしながらハリスを見つめると、彼は動じた風もなく頷いた。
「うん。赤くなっていたし、かなりわかりやすかったよ。気付いてなかったの?」
「そんな……!だって、ここの宿の鏡、曇ってるんだもの。気付かないわ……!」
一層青くなるオリビアと、その様子を見て楽しそうに笑うハリス。
「ハリス……!笑い事じゃないわ……!」
「ごめんごめん。仕方ないよ。あんなに泣いたのだから」
「そうだけど……!」
一日前のことを思い出して、オリビアは頭を抱える。
あの時は、ただただイグナスの言葉が受け入れられなくて、そんな自分が情けなくて、溜まったもやもやしたものと相まってそれらを全て涙に変えていた。
ハリスがそばにいてくれたこともあり、まるで子供に戻ったように、縋り付いて泣いてしまった……って。
(そう言えば、私あの時、ハリスに抱き締められて……!?)
力強いその腕の感覚をまざまざと思い出し、今度はぱっとオリビアの頬に朱がさす。
「……ふふ、オリビア、赤くなったり青くなったりして面白いけど、どうしたの?」
珍しく狼狽してころころと表情を変えていくオリビアを、ハリスは面白そうに眺める。
「……なんでもない、わ……」
まさかハリスのせい、なんて言えるはずもなく、オリビアはようやくそう言って俯いた。


