しばらくすると徐々に指の力も抜け、最後にほぅ、と息を吐いて彼女は頭を上げた。


「……ごめんなさい。もう、大丈夫」


小さな声でそう言い、顔色の良くなった様子をこちらに見せる。


「……なら良かった」


イグナスも若干ほっとしながら、添えていた手を離す。


そのままの距離で話すのは気まずいので、咄嗟に背を向けて部屋を確認するようにして少し彼女から離れた。


「……帰るぞ。お前の侍女、だっけ。あの人が待ってる」


肩越しに声をかける。もうこの屋敷に用はない。


「……あの、待って。えっと、荷物……」


ところが、遠慮がちに返ってきたのは少し困ったようなアルディスの声。


それにつられて、イグナスは部屋の端に置かれた鞄を見るが……。


「……だめ。多すぎ。あんなの持って、もし敵が残ってて襲ってきたらどうするつもりだ」


その大きさを見て、もれたのは厳しい声。


「……あの、そうじゃなくて、これだけ……」


ところが、さらに遠慮がちに、もう一度声が飛んでくる。


「何……」


はっきりしない会話に若干苛々しながら振り向くと、そこでは。


「……剣?」


荷物の一番上に置かれた小袋の中から、細い短剣を取り出して握り締めているアルディスの姿があった。


彼女の口が開く。


「……あの、これ、母からもらったもので……。わ、私にも武器があった方が良いと思うし、他の荷物はいらないから……だからこれだけは、持って行って良い……?」


不安げに、ぎゅっと。


手元の剣を大事そうに握り締めるその姿に、思わず溜め息がもれた。


「……勝手にしろ。持って行きたければ持っていけば良いだろ」


「本当……?」


ああ、ともう一度頷きながら、それくらいなら俺に聞かなくても良いだろうと内心でイグナスは思ったのだった。


最初に荷物を持っていくのを否定した自分の厳しい反応が、アルディスをそうさせていることに彼は気付いていない。