「もう、大丈夫だ……。ここから、脱出するぞ」


一瞬何と声をかけるか迷ったが、とりあえず『大丈夫』と言って、彼女の意識を脱出することに向かわせる。


アルディスは黙って頷き、おもむろに状態を起こした。立ち上がるつもりらしい。


なんとなく心許なくて、手は出さないまでもその動きに注意を払っていたのだが……。


「あっ……」


案の定というか、腰が抜けて足に力が入らなかったらしい。寝台から手を離した途端に小さな声をあげてバランスを崩した。


咄嗟に伸ばした右手は空をきり、それをすり抜けるようにして彼女の身体はイグナスに向かって倒れ込む。


……とんっ


そんな音をあげながら、イグナスの左の肩口を彼女の細い指先が掴んだ。


そこで支えることで転倒を免れたようで、やはりまだ足腰はしっかりしていないようだ。


「……大丈夫か?」


突然のことに少し戸惑いつつ、本日何度目かになる問いを彼女に投げかける──が、返事はない。


「……?」


聞こえなかったのかともう一度口を開きかけたとき、彼の肩口に彼女の額が押し当てられた。


「……アルディス……?」


戸惑いの混じった声で名前を呼ぶが、彼女はそれには答えず、その体勢のまま息を整えるようにゆっくり呼吸をしている。


イグナスはまた口を開きかけて……やめた。腰を抜かすほど怖い思いをしたのだし、簡単に落ち着けるのではないのだろう。


実際、彼女はまるで縋り付くように、指が力をこめたせいで白くなってしまうほどに強くこちらを掴んでいて、その姿はとても痛々しい。


「……」


イグナスが言葉を呑み込んだせいで、部屋には沈黙が舞い降りていた。


ふと、伸ばしかけの右手がそのままになっているのに気付いたが、そのまま下ろすのは何となくはばかられる。


少し考えて、ぎこちなく、まだ肩に預けられていたその小さな頭に触れた。


大丈夫、というように、優しく。


大丈夫、もう一人じゃないから。


……何せ慣れない体勢なので、どういう風にすれば良いのかわからず、イグナスは若干硬直しながら、彼女が落ち着くのを待っていたのだった。