あなたが教えてくれた世界




確かに響き渡ったその声に、イグナスだけでなく、敵までが一瞬動きを止める。


「……アルディス!」


何か大きな衝動に突き動かされ、咄嗟に名を叫んだ。


再び膨れ上がる、行かなくてはという思い。


──わずかに彼のなかにあった戸惑いや迷いは、すでに消え失せていた。


「……通せ」


低い声が、喉の奥からこぼれる。


それと同時、剣を両手で支え全体重をかけ、弛んでいた二人の敵を遠くに弾く。


そのまま返事を聞く前に、彼の身体は飛び出していた。


不思議と、心は冷静そのものだった。


弾かれた二人も慌てることなく体勢を立て直し、剣を向けてくるが、その動きの先読みすら出来る。


足を踏み出しながら、刃を繰り出す手前の敵の手元、柄の部分を的確に狙う。


鈍い金属音をたてて剣が飛び、焦りから手薄になった背後、首の後ろを狙って左掌底を叩きつけた。


気を失ってそのまま倒れ込むドサッという音を聞き流しながら、隙を与えず飛んできたもう一人の攻撃を頭を低くすることで交わす。


その流れのまま、すれ違いざまに脇を切るように剣を振り向く。


「うわ……っ」


脇を押さえながらそんな悲鳴をあげ、バランスを崩してもう一人も倒れ込んだ。あのままではもう戦うことは出来ないはずだ。


続けざまに二人を片付けたイグナスは、一瞬構え直して残った二人をねめつける。


二人も怯むことなく、統制された動きで二方向からイグナスに斬りかかる。


キーン……


金属の擦れる鋭い音をたて、イグナスは自分の前に横向きに剣をかざすことで二人ぶんの攻撃を受け止めた。


そのまま時間を与えず身体を右に捻り、二人の攻撃と勢いを左に受け流した。


すぐに、彼の真横を体勢を崩し倒れていく敵の無防備な懐に向けて膝を出し、鈍い音をたて蹴りあげる。


これで、あと一人。


残ったリーダー格の男は、驚きの表情を浮かべながらイグナスを見ていた。


あっという間に三人倒されたことが理解出来ないといった顔だ。


「……わ、わかった、ここは通そう。だから……」


助けてくれ、とでも言おうとしたのだろうその言葉を皆まで聞かず、イグナスは躊躇なく距離をつめ──まっすぐに剣を振り下ろした。


「……!」


男は目を見開き、目の前にある、寸止めされた刃を見つめている。


イグナスがゆっくりと剣を下ろすと、男は腰を抜かしたようによろよろと後退る。


それを追うように、空いた左の拳を下腹部に叩き込みながら、イグナスは気を失いゆく男に向かって言葉を吐いた。


「あんた達に恨みはない。殺すつもりはない……だから部下の命を預かってるあんたが命乞いなどするな」


一瞬の空白ののち、最後の男が廊下に倒れる音が響いた。


「……」


イグナスは無言のまま、血のついた剣を振るってそれを払った。


そして顔をあげ、奥の扉を睨む。


足は迷うことなく、そのもとへ向かった。