あなたが教えてくれた世界




そう、判断した刹那。


──いやっ……


遠くから、微かに聞こえた泣くような高い声。


ぴくん、と、自分のどこかが反応する。


……アルディス。


その名前が、意識のうちに浮かんだ。


これは、あいつの声だ。


理性を越えた本能が、胸のうちにそう囁く。


にわかには信じ難い。あの泣き声が、これまでのわずかな時間、ずっと無表情で言葉すら滅多に発しなかった彼女のものだとは。


……けれど、昨日の晩、森のなかで。


イグナスから逃げていた彼女の目に浮かんでいたのは、紛れもない"怯え"だった。


(……あいつが、怯えてる)


イグナスは、確信のようなそんな結論を感じた。


──行かなくては。


脳裏に、その強い意志が浮かび、そんな自分自身に驚いた。


(……何で、護衛対象に情なんかもってるんだ、俺)


自分に問いを投げかけ、そしてすぐに答えが浮かんだ。


──あいつが、時々すごく強い光を放つから。


死んだような目をした奴だと思っていたら、たまに揺らぐことない強い意志の鱗片のようなものを見せて、それで。


……その光が怯え震えているのだとしたら、助ける、助けてやりたいから。


「……アルディス」


名を呼んだ。


閉じていた目を、ゆっくりと開ける。


足は、自然と動き出していた。