【電子書籍化】あの猫を幸せに出来る人になりたい

 夏休みの登校日。
 花が登校して席に着くと、友人が近づいて来る。
「ねえねえ、花ってさ二年の倉内先輩と知り合いだよね?」
「ああ、うん、そう」
「こないだの縁日でさ、すっごい美人の外国人と一緒に腕組んで歩いてたんだって。超美男美女で写真撮られまくったらしいよ」
 ほいと差し出されるスマホ画面に映る、並んでいる倉内とエリーズ。その奥に、花の浴衣の端がちらっと映っている。
 花はちょっと驚いた。はしゃぎまくるエリーズを追いかけるので一生懸命で、周囲の目など気にしてもいなかったからだ。
「その子、従妹だよ。夏休みだから遊びに来てるって」
「やっぱり! 親戚じゃないかなーって言ってたのよ。倉内先輩ってハーフだから。やっぱ美形は親戚も美形で、目の保養だよねえ」
 スマホを自分の方に向け直して、友人が写真に見とれたようにほぉっとため息をつく。うんうんと花も頷いていた。そして、ちょっとだけ良かったと思った。
 あの二人の放つ光が強すぎて、一緒にいた花は他の人の視界に入っていなかったようなのだ。確かにカナダの美少女がいたら、そっちに意識が集中してしまうだろう。
 そういえば縁日の時に、倉内もカメラで写真を撮っていたと思い出す。エリーズが来日した記念に、どれか一枚、写真をもらえないか倉内に聞いてみようと花は思った。
 そんな登校日の朝のホームルームが始まる直前、スマホが震える。新着メッセージの通知だった。
 確認すると倉内からで、『この間の写真、印刷して持って来たんだけど。花さん、よかったら今日一緒に帰らない?』というもの。
 ナイスタイミングだ。花は「おお」と驚いて、そして喜んだ。慌てて『ありがとうございます、靴箱のところで落ち合いましょう』と、返事を送ったらチャイムが鳴った。

 登校日は午前中で終わりなので、帰りのホームルームが終わったら、急いで花は教室を出る。あまり大勢に目撃されたいわけではない。年頃の男女が一緒に帰宅となると、いろいろ余計な噂の元になることくらいは、花だって分かっている。
 それは向こうも同じなのだろう。いつも彼もダッシュで靴箱にやってくる。むしろ半分以上は、先に待ってくれている。
 最初にそれを見た時は、思わず「倉内先輩、ナイス!」と声をあげそうになった。一応我慢したが。
 そんな彼の呼び方も、いまや「楓先輩」に変わり、一緒にいることにも随分慣れた気がする。いや、どちらかというと、向こうが花に慣れてくれたのだ。初めて出会った日のことを思い出すと、花はそう強く感じた。
 靴箱に駆けつけると、既に倉内は到着していて嬉しそうにこちらを見ている。
 慌てて靴に履き替え、「お待たせしました」と合流する。「ま、待ってない……大丈夫、だよ」と、最初のどもりを打ち消すように、倉内が言葉の後半をゆっくりと紡ぐ。本当に素晴らしい進歩だと、花は思った。
 真昼の暑い日差しの下を、一緒に帰り始める。
 倉内に差し出された白い封筒を開けると、先日の縁日の写真が何枚も入っていた。エリーズと二人の写真、女二人で、倉内の腕にくっついて撮った写真。あと、いつ撮られたか覚えていなかったが、花が一人で何を見ているのか分からないような写真まであった。本当にいつ撮られたのだろうかと少し恥ずかしくなる。
 今日友達に見せられた写真の中では、空気に過ぎなかった花が、この印刷された世界では、ちゃんと彼らと同じ空間にいることがよく分かる。
 キラキラしている二人の横の、いつもは地味めな、でもこの日は浴衣で少しはマシな自分が映っているのを見ると、花は少し照れてしまった。
「ありがとうございます、写真たくさん、嬉しいです」
 お母さんに見せよう。そしてアルバムに貼ろうと考えながら、花は写真が飛んでしまわないように封筒にしまい、そして大事にカバンにしまった。
「エリーズも……本当に喜んでた。あ、あと一週間ほどで帰ってしまうから……お別れパーティをしようと思ってるんだけど、よ、よかったら……花さん……来ない? 夜にやる予定。父さんが、ちゃんと送迎、してくれるから。花火とかも、しようって考えてる」
 当日の予定を思い出し思い出し、倉内がひとつずつ言葉を紡いでいく。その顔が、とても一生懸命で、花は自然に嬉しくなっていた。
 従妹のために、苦手な言葉を尽くそうと頑張る倉内の姿は、とても好ましいものに見えたのだ。
「日付と時間を、後でメッセージに送ってもらえますか? それで母と相談してみますから」
「分かった」
 必ず送るという、強い意思を感じる頷き。
 だんだん倉内楓が、たくましくなってきた気がした。

 家に帰った花が、もらった写真を母に見せた時。
「あ、これはお父さんには見せない方がいいわね」と言われた。
 倉内の左腕にエリーズが抱きつき、右腕に花が手をかけている例の写真だった。
「エリーズに目がいって、私が何してるか気づかない、とかないかな?」
 思わず花がそう言うと。
「ないない。お父さんにとっては、花が一番。他の子を見るのは後回しよ」と笑われた。
 それはまあそうか、と。花も納得して、他の写真は封筒ごと置いて、問題の一枚だけ持って部屋に戻る。
 ごろんとベッドに転がって、その写真を眺める。自分を見たり、エリーズを見たり倉内を見たり。
 でも、気がついたら──倉内の右腕にかけている自分の手を見てしまう。
 ちょっと大胆過ぎたかなあ。
 お父さんに見せられない写真が、生まれて初めてできてしまった花だった。