少しして手がぬくもりを取り戻した頃、紗也は和成の頬から手を離した。


「薬あげるから、目を閉じて」


 あまりに唐突な紗也の言葉に、和成は眉をひそめて紗也を見つめる。


「顔に落書きとかなさるんじゃないでしょうね」
「そんなことしないから、黙って目を閉じて」


 塔矢の言っていた薬だろうか。
 てっきり紗也自身の事を言っているのだと思っていた。
 実際に和成は、紗也の元気そうな様子を見て、すっかり心が軽くなったのだ。

 しかし、なぜ目を閉じなければならないのか。
 腑に落ちないものの和成は黙って目を閉じた。

 少しして、紗也の長い髪が肩の辺りにパサリと落ちて、顔の上に影が差す。
 顔を覗き込んでいるのだろうか?
 次の瞬間、頬に柔らかいものが軽く触れてすぐに離れた。
 それが紗也の唇である事に気付き和成は目を開ける。
 すでに紗也は背中を向けて病室を駆けだして行く所だった。

 部屋の戸が閉じられ、紗也が姿を消すまで、和成はそれを呆然と眺める。

 部屋の中に静寂が戻ると、枕に付けた耳から、自分の鼓動がやけに大きく聞こえてきた。
 せっかく冷やしてもらった顔が再び熱くなってくる。

 和成は天井を仰いで目を閉じ、額に左手の甲を当ててつぶやいた。


「……バカ……。よけいに熱が上がったじゃないか」


 そして少し笑みを浮かべながら、心地よい微熱のまどろみの中へうとうとと落ちていった。