「ううん。これがいいの。和成の匂いがするし」
「え?!」


 男臭いという事だろうか。
 自分の体臭など自分ではわからないが、匂いのするようなものを女の子にあげるのはさすがにはばかられる。


「そんなもの差し上げるわけにはまいりません。お渡し下さい」


 改めて詰め寄る和成の射程圏内から、紗也は素早く退いた。


「やだ。これがいいの」


 着古して匂いのするような薄汚い上着にどうしてこだわるのか、和成には理解できない。
 けれど紗也のわがままをうまく躱す策も見いだせず、和成は渋々承諾した。


「わかりました。どうぞお持ち下さい」
「わーい。ありがとう。じゃあ明日護衛よろしくね。おやすみ」


 途端に上機嫌になった紗也は、手を振って渡り廊下の向こうに消えて行った。

 和成は紗也を見送った後、空の月をチラリと眺める。
 想いを捨て去る事も、隠し通す事もできない中途半端な和成を、月は相変わらず嘲笑っているかのようだ。

 ひとつため息をついて、和成は自室に戻った。