後に塔矢から聞いた話では、和成は自ら敵の直中に飛び込んで次々と敵兵を斬り伏せていたらしい。
 その様子に恐れをなして敵が退いたという。

 和成の異変に気付いたのは塔矢だけだった。

 当時、和成は二十歳で成人していたものの、今より一層幼く見えたので杉森軍の前線には血を好む鬼神のごとき少年がいると、他国軍の間でしばらく噂になっていたらしい。

 記憶がないので自分が何を考えていたのか、和成にはわからない。
 ただ塔矢の見解では、初めて人を斬った事による心の衝撃に耐えきれず、自我を手放したのだろうと言う。
 その時の和成は相手を人だと思っていないようだったらしい。
 和成は一度人であることを放棄しかけたのだ。

 今になって思えば、成人男子が人目もはばからず大声で泣きわめいたなど、情けなくて誰にも語れない。

 初陣の後、和成は人を斬るのが怖くて仕方なかった。
 また我を忘れて鬼と化してしまうかもしれないと思うと、刀を握る事もためらって、しばらく剣の稽古も休んだ。
 それもまた情けないので、初陣の事はあまり語りたくないのだ。

 慎平が問いかけた。


「今でも怖いですか?」


 和成は静かに笑う。


「今はもう怖くはないよ。でも、今でも人を斬るのは嫌いだけどね」


 慎平は少し安心したように笑った。