泡の人

本当に変な奴だった。どんな漬物にも醤油を必ずかけて食うし、

何もない所で転んだりするし……気付けば俺はそんな男に惚れていた。

相手は人間。性別の事を言う以前に、この時点でもう永遠の片思い。

そうでなくてもあいつには婚約者がいた。とても綺麗な女が。昔からの許婚だそうだ。

あいつは愛していた。その女を。女もあいつを愛している…ように見えたんだ。

事件は満月の夜。女が家を飛び出した。家の人間が探しても、見付かる事はなかった。

女の母親によると、彼女の自室には1枚の手紙が置いてあり、

その手紙にはこう記してあったそうだ。

『私は本当の幸せを掴みます。一番愛するあの人と共に』

駆け落ち。女には他に愛する人間がいたのだ。

女の両親よりも絶望の淵にいたのは、あいつだった。

あいつにとって、肉親以外の最愛の人間はあの女だったから。

三日三晩ずっと泣き続けていたから、あいつの前に姿を現す機会は殆どない。

あるとすればあいつが風呂に入る時とかくらいだろう。

けど俺はあの男が湖に飛び込んだ時だけ、現れる存在。他の所で出る出番は滅多になかった。