「で? 愛しのローグは、そのお姫様について行ったんだって?」


「ん。一人で帰らせる訳にはいかないからね」


出されたウーロン茶に口をつける。


だが、そこでジルは違和感を覚えた。

ミシェルの言葉を頭の中で反芻する。


愛しのローグ?
い、愛しの…!?


「ちょっ…。ミシェル何よ。“愛しの”って!?」


ガタンと置いたウーロン茶が、その勢いで飛沫を上げて飛び散った。


慌て過ぎて声が上擦ってしまった。


だが、ミシェルは立て肘をついた手に顎を載せてニヤニヤとした表情を浮かべている。


「何言ってんのよ。さっきも、聞いたわよって言ったじゃない。
ローグといい雰囲気なんでしょ?
宿屋のスコットが見たって言ってたわよ」


何照れてるのよ、と言わんばかりにもう一度肘て脇を小突く。


カアッと自分の顔が上気していくのが分かった。


村に辿り着いたあの日、無意識にローグの胸に寄り添ったあの時のことを、スコットおじさんに見られた。

ミシェルが聞いたってそのことだったの?


「ちょ…。
ち、違うって。か、か、勘違いなんだから!」


否定しようとする言葉がうまく紡げない。


そんなジルの姿を面白そうに眺めるミシェル。

こんな冷静でないジルの姿を見ることは珍しい。


ミシェルはワザとらしく目を細めると、


「はい、はい」


と、まるで子供を宥めるような口調で言い、置いた盆を手に取って立ち上がった。


そのまま仕事に戻ろうと、奥の厨房へと歩いていく。


去り際に、「いいなぁ。私も早く彼氏がほしいわぁ」と言い残して。


「ミ、ミシェルっ!」


すぐにジルは大きな声を上げてミシェルを咎めたのだが、それはぽんぽん亭で酒を楽しむ男たちの談笑によって掻き消されてしまった。


仕事を終えた男たちの顔は清々しい。

今夜も彼らの酒は格別に美味そうだ。

毎日の褒美に、これで明日も張り切って仕事ができるのだろう。


静かな村の中の一角で、一際賑やかな場所。

ぽんぽん亭は今夜も大盛況だった。




【孤独な王女と冒険者 完】