渓谷の底を見下ろすと、代わり映えなく轟々と激流が流れている。


その先に薄い紫色のローブはもう見えない。


カチュアがローグの腕から離れ、力なく膝をつき、その場に崩れた。


悲鳴のような大きな声を上げて、涙で顔を濡らしながら、泣き続けた。



ジルは…?
ジルはどうなったんだ?


吊り橋が裂け、クリストファーが谷底へ堕ちていくのに気を取られていたが、相棒の姿が見えないことにローグはハッとした。


まさか、一緒に堕ちてしまったのか。


途切れた橋の付け根にローグは慌てて駆け寄った。


対岸へと架けられていた蔓がだらりと垂れ、岸壁に沿ってぶら下がっている。


その先を覗き込もうとしたとき、不意にそこから一本の腕が伸びてきた。


ぬっと現れた泥だらけの腕。

小刻みに震えながら、次に掴む場所を探している。


ジルだ。

そう判断したローグは迷いもなくその腕を掴んで引き上げた。


岸壁にぶつかる衝撃に耐え、吊り橋の踏み板を梯子代わりにして、ここまで登ってきたのだろう。


ローグはジルの腕を掴み、片方の手を脇の下に潜り込ませると、上半身を引き寄せた。


赤がかった茶色の髪は汗と泥で汚れ、べったりと額に、首に貼りついている。



ジルはローグと目が合うと、力なくうっすらと笑った。


助かったことにホッとする。


それも束の間、ジルの意識は遠のき、そのまま前のめりにローグへと倒れこんだ。


今回起きたことが、すべて夢だったらいいのに…。

薄れゆく意識の中で、ジルはそんなことを考えていた。